バスキア(BASQUIAT)展「メイド・イン・ジャパン」へ。


Jean-Michel Basquiat EXHIBTION
MADE IN JAPAN

森アーツセンターギャラリーへ。

午後、ギャラリー発券場の入口に着くと
11月9日(土)は、既に100分待ちという状態。
それでも貴重な現代アートをこの目で確かめたい衝動に負け
並びました。

100分も待ってないと思われるが
ディズニーランドみたくファストパスがあるのになぁという感覚はちょっとぬぐえない。
美術館のシステムも、うまくできたらいいですね。
普段、これほど混まないので、土日だけでも・・・
ですね。

バスキア AritoArt作
バスキア AritoArt作

ちなみにバスキアは
近年ではユニクロが、彼の作品に登場する王冠マークや作品を利用して
Tシャツを作ってきましたので
それで知った方も多いのではないでしょうか?

バスキアは、わずか27歳で死亡しています。
死因は、オーバードース。
わずか10 年の活動期間に、新たな具象表現的な要素を採り入れた 3,000点を超すドローイン グと1,000点以上の絵画作品を残しました。
いったい何者なのか、興味は尽きない。

この展示は撮影OK作品が11点ありましたので
ちりばめながらお伝えします。

ジャン・ミッシェル・バスキア(Jean-Michel Basquiat)とは?

個人的には、彼の人となりから作品を見つめることで
好きになるものでしたので、まず、参照しておきます。

Wiki参照
ジャン=ミシェル・バスキア(Jean-Michel Basquiat、1960年12月22日 – 1988年8月12日)はニューヨーク市ブルックリンで生まれたアメリカの画家。グラフィティ・アートをモチーフにした作品で知られる。苗字の発音はフランス語の名前なので本来は語尾の t は発音されない[1]。ハイチ系アメリカ人。
プエルトリコ系移民の母親とハイチ系移民の父親の間に生まれ、幼い頃から絵を描き、芸術的な活動をするように母親から奨励されていた。17歳の頃から地下鉄、スラム街地区の壁などにスプレーペインティングを始める。活動を続けるうちに高校を中退したバスキアは、Tシャツやポストカードを売りながら生計を立てていた。徐々に彼の描いたスプレーペインティングは評価され、キース・ヘリング、バーバラ・クルーガーの助力でニューヨークで個展を開くようになった。また、絵の中に描かれる王冠は彼のトレードマークとなっている。一時結成していたノイズバンド「GRAY」の名は交通事故のさい母親が病室に持ち込んだ本が由来している。
1983年にはアンディ・ウォーホルと知り合い、作品を共同制作するようにもなる。1987年のウォーホルの死まで2人の互いに刺激しあう関係は続いたが、バスキアは徐々にヘロインなどの薬物依存症に陥り、妄想癖が見られるようになった。そしてウォーホルの死によりさらに孤独を深めると共に、ますますヘロインに溺れていった。
1988年、ヘロインのオーバードースにより27歳で死去。

バスキアの自画像
自画像

ただの、らくがき?

多言語の中にいたからこそ開いた言葉の扉

ラテン語、フランス語、英語、スペイン語
彼が憧れた人、自分と同じように人種を越えて活躍した人
音楽、知性、様々なアート、飛び越えれない壁
刺さった棘、刺さり続けた棘の分だけ
知性と合わせて表出させている、そんな風に

今だから思えます。

バスキア展 撮影OK作品
バスキア展 撮影OK作品

結局、アートを世界的にするのは
それを発見した業界の人の力だったり、するよね?
タイミングや出会い、だったり、作品の凄さだったり。
例えば、エジソンが電球を発明する前に、同時期に同じく発明していた人がいたように・・・。彼らは歴史に残らなかったように。

正直、世界のアート界の評価がなかったら
町の壁面にバスキアのアートを目の当たりにしたら
きっと、こう思うに違いない。
〈ラクガキ〉
まったく、壁に描くなよ(笑)

でも、いいんですよね、それで。
人を知って開けるアートもあるし。
作品から知って開けるアートもあるし。
何か「感じる」ことで開けるアートもあるし。

どう感じたってかまわないのが、アートなんです。

バスキア展 撮影OK6
バスキア展 撮影OK6

理解できない、よく分からない。

まわりが凄いっていうのに
僕には、分からないんです。
アートにまったく才能がないからですかね?
なんて言う方もいました。

理解できなかったからと言って
好きになれなかったからと言って
自分に美術はアートは分からない、
と勤勉な日本人は思いがち
そんな人に出会う事がままあります。

バスキア展 撮影OK作品2
バスキア展 撮影OK作品 2

有名だったり、凄いと評判なモノに対して
そう感じないといけないみたいな
全体性を強く感じてる方がいますが・・・

斜に構えずに、観てみて
好きか嫌いか、どちらでもないか、で構わないのにね。

どう感じたってかまわないのが、アートなんです。

でも、大切なのは
斜に構えず
偏見にまみれず
観てみること、だと思います。

きっかけは評判でもいいんですが。

個人的に想う、バスキアの素敵さ

勝手ながら、山縣が想う、バスキアの素敵さを
ちょっとだけ記載してみます。

童心、天真爛漫さ

それはすべてのアートに通じる
実のところ、俳優にも必須のこと

バスキアの言葉
I like kid’s work more than work by real artists any day.
アーティストが描いた絵より、子どもが描いた絵の方が好きだ。

これに尽きます。
躊躇ない、塗り足す、上書きする、残す。
正直、こんな大きなキャンバスに壁に
いけちゃうんです。

 バスキア展 撮影OK作品 3
バスキア展 撮影OK作品 3

あなたにある?その天真爛漫さ

おれだって描けるよ、なんて
ふと思う方もいるかも知れません。

もちろん、描ける方もいると思います。
ちょっと想像してみて欲しい。

今、あなたの目の前に
白い、5m×3mの大きなキャンバスがあっとして
「自由に描いていいですよ」
と言われたら
悩まずに描けますか?

そして、その白いキャンバスが
路上にあるとしたら、どんな躊躇が生まれますか?

そして、その白いキャンバスが
何か描いて欲しいと
お金持ちから買い与えられたものだとしたら、どんな躊躇が生まれますか?

これ、子どもだったら
何の躊躇なく、喜んで、下手も上手いも描くんですよね、きっと。
その自由さ。

ましてや、日本人の僕らは
絵と文字を区別して、違う価値観で、違うノートを使うことを教えられた教育の中で、はたして彼のようなイマジネーションができたか?
きっと、このような作品を描くことは想像にも結びつかない。
彼が有名になったから、今の我々に、文字と絵との結びつきがOKなんだって受け入れられるんです。
きっと。

バスキア展 撮影OK作品 4
バスキア展 撮影OK作品 4

バスキアの即興性

躊躇なく足していく
書いた文字に線を引いていく事は否定ではなく
足していくこと
それは表現として存在していて
線の向こうにある文字が有効化し観たくなる衝動を与える。

ダイレクトさ、つまり
生きてる!
生きながら描いている!
今を生きてる、その「生」がそこにあるという事だと
思うんです。

バスキアの言葉
I like kid’s work more than work by real artists any day.
アーティストが描いた絵より、子どもが描いた絵の方が好きだ。

その言葉が語るように
無邪気さに溢れているし
ためらう事を知らず
飛び込んでるような大胆さ

文字に昇華した表現。

バスキア展 撮影OK作品 5 文字と絵
バスキア展 撮影OK作品 5 文字と絵

内面の放出としての、ダークサイド

個人的には、フランシス・ベーコンに繋がってきました。

フランシス・ベーコン
「ある磔刑の基部にいる人物像のための三習作」
フランシス・ベーコン
「ある磔刑の基部にいる人物像のための三習作」

表現することは、究極、潜在意識にあって
自分から出てきたものに反応して描くような感覚。

もちろん、絵はかっこつけるし
見せたい、ものがあるので
「綺麗に描きたい」「うまく描きたい」「上手に描きたい」 「よく思われたい」「素晴らしいと感動されたい」「成功したい」
これらが、自分への評価として気になってしまい
大胆さは消えやすい。

バスキアやベーコンが素晴らしいのは、
それらを脇に置いて
新しい一筆に、魂を置く事ができた、力だと思うのです。
それが、できるかどうか。
というのがあると思います。

常識からズレる、常識を疑った、
誰にもない自分の一歩を
踏み出せるかどうか、
それこそが大切。

山縣としても
とても大切なものだと感じます。

そして、もうひとつ。
常識からズレる、常識を疑った、
誰にもない自分の一歩を
踏み出せるかどうか 、
は本人がマジョリティ側ではなく
マイノリティ側からの視点だからこそかも知れません。
 ※マイノリティ、マジョリティを否定していません、あしからず。

マイノリティというのは大切なキーワードかも知れません。

バスキア展 撮影OK作品5
バスキア展 撮影OK作品5

バスキアの言葉
i don’t think about art when I’m working.
I try to think about life.
絵を描いてる時にアートの事は考えない
人生について考えている。

バスキアのアートとの出会いは、 映画「バスキア」との出会い

そもそも、山縣がバスキアを知ったのは1996年の映画
20年以上も前に映画館で観た、この「バスキア」という映画です。

映画「バスキア」
映画「バスキア」



俳優を志しつつも、大学生に甘んじていた自分は
インディペンデント映画の力に惹かれていました。
特に、大学生の頃は、「トレインスポッティング」で火が付いたように
POPであるCM構造、そして映画としての表現が
あちらこちらで話題になっていたのです。
大作映画でないというだけで、どこかカッコよくて(笑)

映画「シャイン」で実在のピアニストであるデイヴィッド・ヘルフゴットを演じた 主演のジェフリー・ラッシュの演技などに圧倒され、 ますます映画と演技に心が開いた時期でした。

その中のひとつに、
映画「バスキア」があったのです、少なくてもきっかけは。
今のように、まだ絵を仕事にはしていないし
俳優としても右も左も分からない自分探しの途中の自分にとって
映画と生き方に強烈なシンパシーを感じました。

映画「バスキア」がYOUTUBEに

アイデンティティの問い、苦悩
理解されない思い
まさに10代さながらの、アウトサイダーな気持ちだった自分と
大いに重なったのを覚えています。

しかも、バスキアが、アンディ・ウォーホルとの出会いがあったり
美術界、現代アート界でスターダムにのし上がっていく姿
成功の後の孤独が、映画としても辛かった。

余談ですが、この映画に出演していた、
デニス・ホッパー、デヴィッド・ボウイ、ゲイリー・オールドマン
ウィリアム・デフォー、クリストファー・ウォーケン
他にも色々な方出演されていて興奮した。
そして、低予算でも出演を希望して俳優が貢献する姿勢に
世界は、凄いなぁと思っていたものです。

なので、正直、バスキアの「アート」としての作品に対する
強烈な興味よりも
彼の生きざまや取り巻きが
非常に興味深かった事で、バスキアの凄さを
勝手に感じていました。

個人的に、バスキアのアートが大好きだったわけではないし
現在分析されている、評価の視点で観れてもなかった。
〈なんかすげぇラクガキ〉
なのです、当時の山縣にとって・・・(笑)

バスキア展 撮影OK8
バスキア展 撮影OK8

森アーツセンターギャラリーで、バスキアの作品と対面して・・・。

掘り下げると、色々なものが
作品の中に、埋め込まれているし
それは、子どもの頃から彼が感じていたり
勉強したことが、たくさん反映しているのだと思います。
その軸から、社会や日本を観て
執着したものが反映しているのを感じます。

文字を記号としてのリズム
そして裏の意味としての表現
様々な言語を手描きでアートとして視覚化したこと
しかも、壁画のような慎重さではなく
衝動ありきで表出した表現
このような新しい価値観を提示して評価されたのは
バスキアが最初だった、という事。

流行りのように思われたが
研究者が再発見した複雑さ。
そんな複雑さは、本人は「別にそんなつもりじゃないし」と
本心から言ってのける可能性もある(笑)

でも、この大きな作品群を
森アーツセンターギャラリーで
六本木という大都会のビルの52階で
大きな作品にみる、圧倒的な大胆さに

ああ、すごい

って素直に感じたのでした。

山縣有斗とバスキア展
山縣有斗とバスキア展

About aritoo

アーティスト(俳優、脚本家、演出家、絵描き)として、感じたままを様々な媒体を通して放出。また芸能プロで演技講師に力を入れ、現在メソードアクティングを紐解きながら世界で通用する俳優を育成する。