
この映画は、大きな社会問題を提起した作品。
今年の2月頃に視聴して、何とも言えない気持ちを抱えてしまった良作。
インド映画だが、ボリウッド作品ではなく、ダンスや歌はない。歌うシーンはあるが、それはシーンの中の必然。とても興味深く観ることができた映画。急激な経済発展をする都心部のインド社会において、何が起きているのか、そして、何が踏みにじられているのか…。先進国が後進国を好きなように耕していく構図は、アメリカにすっかり耕された日本にとっては遠い目をしてみてしまいがちだが、この映画はすっぽり日本にも当てはまり、そして問われる問題である。市場主義・資本主義の亡者たちが容赦なく甘い汁を吸って広がっていく格差。インドは法整備が甘く、カースト制度の名残りが手伝って、後から来た資本主義者(特に新自由主義者)が甘い汁を吸いやすい環境である。そこに転がる、大きな社会問題を提起した作品。
第93回アカデミー賞脚色賞にノミネートされた映画だが、原作を読んでいないのでどのように脚色されたかは私は分からない。しかし、映画としての面白さを十分受け取りました。以下、主観だが見どころや感想を交えて掲載。
目次
あらすじ
インドの貧しい村出身の青年バルラム・ハルワイ(アダーシュ・ゴーラヴ)は、裕福な一家の運転手となる。生まれた身分から使用人になるしかない彼は、抜け目なく立ち回り主人からの信頼を得ていくが、ある出来事をきっかけに、雇い主一家が自分をわなにはめ犠牲にしようとしていることに気付く。野心的なバルラムは不公平で腐敗した社会に服従するのではなく、自ら運命を切り開くべく立ち上がる。
※シネマトゥデイ参照
このNetflix映画「ザ・ホワイトタイガー」の興味深いところは何か?(※以下ネタバレ)
インドのカースト制度。インドの古くからある階級制度だが、世界史の授業で知った人も多いのではないであろうか。そのカースト制度の中でも低いカーストで育ってきた貧困層の青年バルラムは、思考回路すらそのカースト制度の中にある。決して地主に刃向かうことなど考えず年貢を納め、それが当たり前かのように生きる様子を“檻の中の鶏”と例えながら、その檻から出たいと渇望している。面白いのは檻から出たいと渇望しているが、搾取する地主(コウノトリと呼ばれる)の息子でアメリカ帰りのアショクのお抱え運転手になりたいと望むところ。眩しいアメリカ文化・資本主義者の象徴としてのアショクがいて、バルラムは文字通りアショクに仕えることを望み、行動する。という事は搾取され続ける状態の中でのステップアップに過ぎず、檻の中でまだ“檻の中で出来る夢を見る”ようなもの。その夢を抱かせることにおいて、カースト制の階級という洗脳は何世代も続いていて根深さを感じざるを得ない。そのことは彼の祖母(家系の中のトップとして存在している)の発言からも見て取れる。
そして、その檻から脱する事が出来るのは、希少な人だけ。
その希少な人こそ、一世代に一頭と言われるホワイトタイガー。少年の頃に学校で誰も答えれなかった質問を答えたバルラムは先生から「お前はホワイトタイガーだ。奨学金で都会へ行くようにしてやる」というような事を言われるが、貧困層の思考回路と伝統の中に生きる祖母からあっさりと反対され、兄の手伝いをするよう言われる。
しかし檻に入れられたホワイトタイガーこそ希少ゆえに檻の外に出れず動物園の見世物となっている。言ってしまえば、ホワイトタイガー自身は利益も自由もない状態。恐らく、そこに人物に当てはめたタイトルなのではないか。

見どころ①!主役の心境と風貌の変化と演技

運転手を始めたバルラム
シーンとしては最貧困層のバルラム・ハルワイが車の中にいるところから始まる。しかし、ナレーションで語るのは、現在のバルハム。現在の彼は、冒頭の車中から登場する雰囲気は全く別物。口髭をピンっと上げ、後ろで束ねた髪の毛、ノートパソコンに入力している姿はダークサイドのような雰囲気。言葉は悪いが、頭の悪そうな男が裏社会で成り上がったような雰囲気。別の例えでいうと、錆びて笑えるほどボロいナイフが鋭利なナイフになった、まさにそんな感じだ。
過去の貧困層の姿は、とても力が抜けていて、持っているエネルギーが全然違っていて凄い。彼が仕えると決めた男アショクに媚びている時の目、憧れとしてみる目、そこには疑いもなく先進国に憧れる後進国の姿が滲み出てきている。現在の彼にどう変貌していくのか楽しみながら見ていけるが、彼が受けていく差別や暴力に対して、「どうしてそこまでして飲み込んでしまえるのか・・・」と思ってしまって悔しい気持ちが芽生える。しかし、私がそう思っている時点で彼の役を既に応援しているほど好きになっているということ。引き込まれていたのだ。まさに、素晴らしい演技。
そして、中盤でアショク夫婦に罪を被らされた時の彼の目、動揺。ゴッドファーザーで初殺人を決行するアルパチーノの目が語った時と同じくらいに彼の心の動きが滲み出す。演技もまた見どころのひとつ。

現在のバルラム・ハルワイ
見どころ②!見えなくなっているものを見える化
インド北部の僻地に住む、地主に搾取され続ける身分の低い世帯。その中にいて、当然のように搾取される親を見て、搾取されることに抗うこともなく(抗うと家族を殺されてしまう)、家族を繁栄させることで守っていく長老(祖母)。結婚相手すら決められてしまう世界。この結婚相手が決められてしまうことは、しばしば嫌がった娘を殺害したり、嫌がった女性を相手が殺害したり、悲痛なニュースで知る事がある。ジャーナリスト伝えてくる現状に胸が痛む。それは2021年の現在でも問題なのだ。この悲劇の裏には、男尊女卑とカースト制度があることを改めて認識する。
“インドはいいよ、行くと世界観が変わる”と修行に行ったり、旅をしてきた人の話を聞くが、それは一面だけなのかも知れない。と思わせてくれる映画。見えなくなっているものを、この映画は見える化してくれたのかも知れない。

現在のバルラム・ハルワイ
見どころ③!インドの今後の経済発展の方向性
白人世界は終わりだ、これからは茶色や黄色の人種の世界だ。
そんな風に言い放つ、現在のバルラム。アメリカから入ってきた、資本主義、拝金主義で成長しているインドの格差は想像を絶する。電気が通っていない世界と電気がある世界の格差。都心と田舎の格差。
アメリカ留学で学んだアショクとアメリカで育ったその妻のピンキー夫婦。この2人がある種のアメリカの象徴として存在していて、インドでビジネスの展開をしていく。しかし、そのアショクの父親と兄の搾取主義、拝金主義の世界を目の当たりにしながら、交通事故を機に心が破城してくアショク。これはインドとしてどのように資本主義を受け入れてこれから経済発展していくのかを示しているのかも知れない。その結果がラストに繋がっていく(と私は解釈した)。

左:アショク 中:ピンキー 右:バルラム
インドのカースト制度とは?※知っておいた方がより面白い
この映画でもかなり重要なカースト制度。青年バルラムが質問されて答える自分のカーストは「下の方」と。今も色濃く、このカースト制度は生きているのだろうか。インドに行ったことがないので本当のところは見えないが、見えていないだけで映画が見えるようにしたのだと思う。
インドでは、1950年に制定されたインド憲法の17条により、不可触民を意味する差別用語は禁止、カースト全体についてもカーストによる差別の禁止も明記している。またインド憲法第341条により、大統領令で州もしくはその一部ごとに指定された諸カースト(不可触民)の総称として、公式にスケジュールド・カースト(指定カースト)と呼ぶ。留保制度により、公共機関や施設が一定割合(平均15 – 18%)で優先的雇用機会を与えられ、学校入学や奨学金制度にも適用される。制度改善に取り組むものの、現在でもカーストはヒンドゥー社会に深く根付いている[2]。なお、インドの憲法が禁止しているのは、あくまでカーストを理由にした「差別行為」であり、カーストそのものは禁止対象ではない。このため、現在でもカーストは制度として、人々の間で受け継がれている[5]
※Wikipedia参照
自己肯定感の低さと頑固さ(私見的感想)
こんな人に出会ったことはないだろうか?褒めても、まったく真に受け取らず自分を卑下してしまう人。いくら褒めても、謙遜ではなくて「私なんかが…」という受け答えの人。自己肯定感の低い方は、なかなか褒めた内容を受け容れたりできないのを目にする。或いは強い固定観念、差別感など頑固に握りしめている方と話をすると、自分以外の考えは聞く耳を持たず何を言っても通じないし婉曲して理解するなどなど・・・。余談ですが、かつて俳優を志した知人が女性をストーカーしていたという事件があった時のこと。彼にいくら相手の女性が嫌がっている、怖がっていると伝えても、「いや僕の事が好きなんですよ」という前提が全く覆らず警察沙汰になったことがあった。思い込みにより相手のことを受け取れない姿に衝撃を覚えたのを覚えている。(PS:20年以上も前の話ですが…)
この映画は、その怖さも感じさせてくれる。その洗脳を打ち破る時に本当の人生が始まるのかも知れない。

左:バルラム 右:アショク
まとめ

@Arito Art
まとめるのが難しいが、個人的には、少し時間を置いてまた見たくなる映画。
ダニー・ボイル監督の「スラムドッグ・ミリオネア」がドラマの背景としてインドを覗かせながらエンターテインメント作品に仕立て上げたのに対し、こちらの「ザ・ホワイトタイガー」はインドを背景ではなく、インド社会の中にどっぷり浸かりながらエンターテインメントした作品と言える。
先の段落でも挙げたが、思い込みや、ある偏った情報に洗脳されているような状態では、真実にたどり着けない。信じたいものだけ信じている状態なので、その呪縛から解かれるには、信じていたものに裏切られる必要があるか、違う視点を自らが認識する必要があるのではないだろうか。何度も裏切られても信じてしまう人もいるほど、染みついた洗脳というのは凄い。それがカースト制だったり、古い価値観だったりするのだ。
そこから脱することは難しいこと。狭い世界観の中で、その世界を守るためなら、根拠なく“外部”の意見を否定したり、たとえ自分の論理が破城しても相手の意見を拒否する。
この映画は、そんな姿をまざまざと見せつけられる。と同時に、最後にこの映画が見せてくれたのは、ちょっとした希望。それが、資本主義の中で切り捨てではなく解釈でバルラムが見せた行動なのです。その行動は是非、映画を鑑賞してご確認を!
英訳(In Engish)
This movie is a work that raises a big social issue.
A good work that I watched around February of this year and had an indescribable feeling.
It’s an Indian movie, but it’s not a Bollywood film, and there’s no dance or song. There is a scene to sing, but it is inevitable in the scene. A movie that I was able to watch very interestingly. What is happening and what is being trampled in the rapidly developing Indian society in the city center? The composition of developed countries cultivating underdeveloped countries as they like tends to look far away for Japan, which has been completely cultivated in the United States, but this movie also applies to Japan, and it is a question to be asked. .. The disparity that market-based and capitalist dead people mercilessly exploit and widen. India is an environment where legislation is poor, the remnants of the caste system help, and later capitalists (especially neoliberals) are more likely to exploit. A work that raises a major social issue that rolls there.
Highlight 1.Changes in the feelings and appearance of the protagonist and acting
The scene begins with the poorest Barram Harwai in the car. However, the narration talks about the current Balham. At present, the atmosphere that appears in the car at the beginning is completely different. His mustache is raised, the hair tied up behind him, and the appearance of typing on his laptop is like a dark side. The words are bad, but the atmosphere is like a man who seems to be foolish in the underworld. In another analogy, a rusty and laughable knife has become a sharp knife, just like that.
The appearance of the poor in the past is very weak, and the energy they have is completely different, which is amazing. The eyes when he is flirting with the man Ashok who decided to serve, the eyes he sees as a longing, there is no doubt that the appearance of a younger country longing for developed countries is exuding. I can enjoy watching how he is transformed into what he is now, but I am disappointed that he wonders “why can I swallow it so much …” against the discrimination and violence he receives. Feelings sprout. But by the time I think so, I’m so fond of him that I’m already rooting for his role. He was drawn in. It’s a wonderful performance.
And his eyes, upset when he was guilty of the Ashok couple in the middle. The movement of his mind exudes as much as the eyes of Al Pacino, who commits his first murder in the Godfather. Acting is also one of the highlights.
Highlight 2.Visualize what is invisible
A low-ranking household that continues to be exploited by landowners in remote areas of northern India. An elder (grandmother) who sees the parents who are naturally exploited and protects them by prospering the family without resisting the exploitation (the family is killed if they resist). .. A world where even a marriage partner is decided. The decision to marry is often known in the tragic news, such as the murder of a disliked daughter, the murder of a disliked woman. My heart hurts at the current situation that journalists tell me. It’s still a problem as of 2021. Behind this tragedy, I realize once again that there is a male-dominated woman and a caste system.
I hear stories from people who have gone to training or traveled, saying, “India is good, the world view changes when you go,” but that may be only one side. A movie that makes me think. This movie may have made what is invisible visible.
Highlight 3. Direction of future economic development in India
The white world is over, now it’s the world of brown and yellow races.
The current Ballam that says that way. The disparity in India, which has come from the United States and is growing on capitalism and money worship, is unimaginable. The gap between the world without electricity and the world with electricity. The gap between the city center and the countryside.
Ashok, who studied abroad in the United States, and his wife, Pinky, who grew up in the United States. These two people exist as a kind of symbol of America, and they will develop their business in India. However, while witnessing the world of exploitation and money worship of Ashok’s father and his brother, Ashok’s heart breaks down in the wake of a traffic accident. This may show how India accepts capitalism and develops its economy in the future. The result leads to the last (I interpreted).
Summary
It’s difficult to put together, but personally, it’s a movie that I want to watch again after a while.
While Danny Boyle’s “Slumdog Millionaire” made it into an entertainment work while looking into India as the background of the drama, this “The White Tiger” is not in the background of India, but in Indian society. It can be said that it is a work of entertainment while being fully immersed in India.
As I mentioned in the previous paragraph, the truth cannot be reached if you are brainwashed by assumptions or biased information. Since I believe only in what I want to believe, I think I need to betray what I believed in or to recognize a different perspective in order to be released from that curse. The brainwashing that is so ingrained is so amazing that some people believe it even if they are betrayed many times. It may be a caste system or an old value.
It’s difficult to get out of there. In order to protect the world in a narrow world view, we deny the opinion of “outside” without grounds, or reject the opinion of the other party even if our logic breaks down.
This movie shows such a figure. At the same time, the last thing this movie showed me was a little bit of hope. That is the action that Barram showed in capitalism in terms of interpretation rather than truncation. Please check the action by watching the movie!
2 thoughts on “アカデミー脚色賞にノミネートされたNetflix映画「ザ・ホワイトタイガー」ってどんな映画?”
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